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北国に暮らしていたころ、幸いにも一軒家に住まわせていただいたので、それはそれで感謝だったが、冬の雪が降る季節は、純粋に感謝できなくなる状況が目の前に横たわっていた。
 ひとりで暮らしていた分だけ、「雪かき」をひとりでしなければならなかったからだ。ある数年、異常気象で、さらなる大雪が続き、内面は自己憐憫との戦いになっていった。ひたすら雪をかたずけ、一日に7、8時間雪かきをしていた日も続く。それだけやっているとへとへとで、回復のためにその後はなにもできない。一日を雪かきのためだけに費やすという葛藤が続いたある日、教会の牧師が巡回してくださり、大雪をみて一言「雪国の人々は、ほんとうに大変だねー。」としみじみと言ってくださった。
 ―そのことばで、わたしの心は溶けていった…。涙があふれた。―
 おそらく自分にしかわからない、雪かき以外のほかのことを出来ないジレンマ、無力感、北国での女性としての弱さなど、いろんな思いが言葉にならずに、祈りになりきれていなかったのだと思う。
 それらを抱えていた心の辛さに、しみいる慰め。
 それは紛れもなく教会を通しての神さまの「心のいやし」だった。
 いま数年たってなんどこの時のことを思い出しても、涙があふれる。
 そしてどんな状況になろうとも「必ず主がその愛をもってわたしを支えてくださる」確信が揺るがないものとなったことも確かだ。

 イマノジョウキョウも含めて。ハレルヤ。

 北国を離れる最後の年、気が付いたら家の周りは空き家、空き地が増え、自分でやる雪かきは4軒分になっていた。
 前ほどの心の辛さも抱えることなく、思わされたことは「強くされた!」こと。
 振り返ってみるとある意味、与えられた人生のひとつの「卒業」だったのだと思う。

 神さま。ありがとう…。
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